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時代を超えて心に刻む「愛」の広告:野立て看板が語る物語

2025年8月22日

タイトル画像 時代を超えて心に刻む「愛」の広告:野立て看板が語る物語


街角に立つ野立て看板は、ときに時代遅れの遺物のように見られることがある。だが、果たして本当にそうだろうか? 

デジタル広告の洪水の中で、私たちの視線は散漫になり、情報は砂のように指の間からこぼれ落ちていく。そんな現代において、不変の存在感を放つ看板が、どれほどの力を持つのか。コロンビアのある老舗ブランドが放った80周年記念キャンペーンは、その問いに鮮やかな答えを突きつける。

そのブランドとは、コロンビアを代表する食品・乳製品メーカー、Alpina(アルピナ)だ。「An 80-year love story【80年にまたがるラブストーリー)」と題されたこのキャンペーンは、ストーリーのあるOOH広告で、私たちに深く語りかける。それは製品を売るための広告を超え、まるで一枚の古い絵画、あるいは人生のアルバムのようだ。

■参考サイト:https://www.adsoftheworld.com/campaigns/80-anos-141f55a7-e050-4db9-bc19-3f7151c8a32a


 時を超え、心に触れるレトロの力

イメージ画像 プレゼントを持つ男性とバラを持つ女性が寄り添う場面


Alpinaの看板がまず視覚に訴えかけるのは、その徹底した「レトロな世界観」である。1970年代から80年代を彷彿とさせる、色褪せたような温かい色調の写真。被写体であるカップルのファッションや髪型までもが、まさにその時代を切り取ったかのようだ。

これは、流行のレトロ趣味ではない。Alpinaが80年という長きにわたり、コロンビアの人々の生活に寄り添ってきた歴史を、視覚的に雄弁に物語る時間の地層なのだ。

全ての看板が「写真+ロゴ+青い波形のグラフィックとキャッチコピー」という一貫したレイアウトで構成されている点も特筆すべきだろう。特に、鮮やかな「アルピナ・ブルー」は、古き良き時代のビジュアルと鮮烈なコントラストをなし、見る者の脳裏に強く焼き付く。

この青い波形は、乳製品メーカーとしてのAlpinaのルーツを示す「ミルクの波」であり、同時に人生の波、つまり喜びや悲しみを乗り越えていく時間の流れを象徴しているようにも感じられる。手書き風の筆記体で書かれた`nutriendo`(栄養を与える)の文字は、機械的な冷たさを排し、人間味と温かさを広告全体に吹き込んでいる。それはまるで、かつて愛する人に手紙を書いた時代の、優しい筆跡を見るかのようだ。


広告が紡ぐ、人生の叙事詩

イメージ画像 LIFEと書いてある白い二つの標識


このキャンペーンが秀逸なのは、商品を前面に出すのではなく、一組のカップルの「愛の物語」を断片的に見せることで、見る者の感情の琴線に触れる点にある。4枚の写真は、彼らの関係性の進展を静かに、しかし鮮やかに描き出す。

一枚目の地下鉄の広告では、スーパーマーケットで彼が彼女にAlpinaのヨーグルトを勧めるシーン。ぎこちなさの中に、二人の物語の予感めいたものが漂う。恋が始まる、あの甘酸っぱい瞬間だ。

二枚目のビル側面の広告は、キッチンで共に料理をする姿。日常のささやかな幸せが、静かに、しかし確かな形で築かれていく様子を映し出す。食卓を囲む温かさ、それは人生の基盤そのものではないか。

三枚目のレンガ壁の広告では、屋外で彼が彼女をおんぶしている。人生の楽しさ、躍動感、そして無邪気な喜びが弾ける瞬間。背中に感じる相手の温かさ、風が運ぶ笑い声。

そして四枚目の壁面の広告は、二人が寄り添い、リラックスした姿。穏やかで心地よい、成熟した絆の深まりを示唆する。多くを語らずとも、そこには長い時間を共に過ごした二人にしか分からない、深い信頼と安らぎが満ちている。

Alpinaの製品は、これらの「人生の最も重要な瞬間」に常に寄り添っている。それは食品容器ではなく、思い出の背景であり、二人の絆を育む象徴として、さりげなく、しかし確かに存在しているのだ。


「おいしい明日を育む」その深遠な意味

イメージ画像 海の前に座り、向かいあう男女


キャンペーンを貫くキャッチコピー「`nutriendo un mañana delicioso`」(栄養豊かな、おいしい明日を)は、この物語にさらなる深みを与える。`nutriendo`という言葉は、Alpinaの製品が身体に栄養を与えるという literal(文字通り)な意味合いに加え、二人の愛や共有された経験が、彼らの関係性を「育んでいる」という double meaning(二重の意味)を含んでいる。栄養とは、単にカロリーやビタミンを摂取することだけではない。それは、心に、魂に、そして関係性に与えられる滋養なのだ。

そして「`un mañana delicioso`」は、Alpinaの製品がもたらす味覚的な「おいしさ」と、カップルが共に築き上げていくであろう幸せな「未来(明日)」を巧妙に重ね合わせる。未来が「おいしい」とは、なんと示唆に富んだ表現だろうか。それは豊かで、幸福で、満たされた人生を暗示している。Alpinaは、その製品を通じて、人々の物理的な健康だけでなく、感情的な豊かさ、そして希望に満ちた未来までもを「育む」存在なのだと宣言しているように聞こえる。

このキャンペーンが示すのは、広告が消費を促すツールではないという事実だ。それは時に、我々の普遍的な感情――愛、喜び、安らぎ、そして希望――を揺さぶるアートピースとなり得る。特定の製品を押し付けることなく、むしろ人生そのものの美しさを描き出すことで、ブランドは我々の記憶と感情の奥深くに潜り込む。


広告が紡ぐ、もう一つの物語

イメージ画像 開かれた本を読んでいる人形たち


現代社会において、私たちは常に大量の情報に晒され、その多くは刹那的に消費され、忘れ去られていく。しかし、Alpinaの「An 80-year love story」のようなキャンペーンは、その流れに逆行する。それは、速さや量ではなく、深さと持続性に価値を見出す。

野立て看板という、ある種「アナログ」なメディアが、デジタル時代にあってなお、人々の心に深く響くのはなぜか。それはきっと、我々が本質的に求めているものが、目まぐるしい新しい情報よりも、時間をかけて醸成される物語や、普遍的な感情の共有だからだろう。

広告は、製品を売るものではない。それは文化を映し出し、記憶を呼び起こし、そして未来への希望を育む、現代の神話であり、人生の伴侶なのだ。Alpinaの看板は、私たちにそう静かに語りかけているように思える。あなたにとって、人生の最も大切な瞬間に寄り添ってきた「あのブランド」は何だろうか?