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街角のローマ兵とピザ:野立て看板王道デザインの深層

2025年7月18日

タイトル画像 街角のローマ兵とピザ:野立て看板王道デザインの深層


こんな野立て看板を見つけた。

古代ローマの兵士が、誇らしげにピザの箱を携えている。その姿は、まるで失われた秘宝を発見した探検家のように、あるいは、遥か昔から連綿と受け継がれてきた聖なる遺物を守る守護者のように、威厳とユーモアを同時に放っていた。これは、アラブ首長国連邦(UAE)で展開されたフードブランド「Shawerman」の「Pizza That Takes You to Italy(あなたをイタリアへ連れていくピザ)」という広告キャンペーンの看板である。


■参考サイト:https://www.adsoftheworld.com/campaigns/pizza-that-takes-you-to-italy

見慣れた街角の異世界への扉

イメージ画像 並べられた2つの場面(ピザ、青空を背景に右手を前に出しているローマ兵)


私は野立て看板というメディアに、期待している。デジタルが支配する現代において、画面の中を流れていく情報とは異なり、野立て看板は、その場所、その時、そこに立つ人間にしか見えない、一期一会の出会いを演出する。それは、街の風景の一部となりながら、同時に非日常を突きつける。まさに、通り過ぎる日常の風景の中に、突然現れる「劇場」のようなものだ。今回紹介する野立て看板事例は、街の風景の中で「劇場」を思わせるそんな看板デザインになっている。王道といえば王道。しかし、そこにはダイレクトなストーリーテリングがあった。

広告の中心に据えられているのは、古代ローマ兵士の姿をした二人の男性だ。彼らは満面の笑みを浮かべ、まるで国家の秘宝であるかのように、大事そうにピザの箱を抱えている。このビジュアルの力は絶大である。一見して、このピザが「本場イタリアの味」であることを雄弁に物語る。歴史的な重みと、現代の日常的な食べ物であるピザとの組み合わせは、強烈なコントラストを生み出し、記憶に強く残る。なぜ、彼らはローマ兵なのか?それは、イタリアの「本物」や「伝統」の象徴であり、同時に、誰もが知る普遍的なアイコンだからだ。このチョイスは、言葉の壁を越え、見る者に直感的にメッセージを伝える、まさにデザインの勝利と言えるだろう。


「食の旅」を誘うデザインの妙

イメージ画像 並べられた2つの場面(イタリア国旗がなびくローマの風景、ピザを食べる子ども)


Shawermanのキャンペーンは、「Shawermanのピザを食べれば、まるで本物のイタリアへ旅したかのような本格的な食体験ができる」というコンセプトを、これ以上なく明確に表現している。ピザは単なる食べ物ではない。それは、遠い文化への入り口であり、味覚を通じて異世界を体験するパスポートなのだ。この「食の旅」という価値の提示は、単に「おいしい」という以上の、深遠な体験を消費者に約束する。デザインは、この抽象的な概念を、視覚的かつユーモラスに具体化している。ローマ兵士がピザを携える姿は、その象徴であり、一口食べれば気分はもうイタリア、という感覚的な体験を掻き立てる。

看板の左側には、ニワトリがシェフの帽子をかぶった「Shawerman」のロゴが配されている。これは、ブランドのアイデンティティを確立し、製品と企業を結びつける重要な要素だ。そして、右側にはフードデリバリーサービス「noon FOOD」との提携を示すロゴと共に、「BUY ONE GET ONE FREE(1つ買うともう1つ無料)」という具体的な販売促進キャンペーンが、英語とアラビア語で大きく記載されている。この部分は、感情に訴えかけるコンセプトと、消費者の購買意欲を直接的に刺激する合理的な要素との、絶妙なバランスを示している。夢を見せつつ、現実的なメリットも提示する。

中央に書かれたアラビア語のキャッチコピーは、キャンペーンの核心である「あなたをイタリアへ連れていく」というメッセージを伝えている。言語が異なっても、ビジュアルと組み合わせることで、その意図は十二分に伝わってくる。野立て看板という限られたスペースの中で、これだけの情報を、しかも瞬時に理解させる力は、優れたグラフィックデザインの証しに他ならない。


記憶に刻まれる広告の構造

イメージ画像 びっくりマークの吹き出しを出す真実の口


この広告は、単純に目立つ。しかしそればかりでなく、記憶に深く刻み込まれる構造を持っている。それは、誰もが知る象徴(ローマ兵士)、明確な製品(ピザ)、具体的な提供価値(イタリアへの旅)、そして購買を促す直接的なメリット(BOGO)という要素が、秩序だった物語として提示されているからだ。看板広告は、時に物語である。そして、この広告は、短い詩のように、あるいは一枚の絵画のように、見る者の想像力を刺激し、心の中に小さな物語を紡ぎ出す。

デザインとは、装飾ではない。それは、メッセージを伝え、感情を揺さぶり、行動を喚起する、強力なコミュニケーションツールである。このShawermanの広告は、その真髄を体現している。限られた視認時間の中で、最大級のインパクトを与え、記憶に残り、最終的に消費者の購買行動に繋がる。これこそが、広告が目指すべき「王道」のデザインと言えるのではないか。それは、デジタル広告のように緻密なターゲティングはできないかもしれないが、街の風景の中に溶け込み、不意打ちのように人々の心を捉える力を持っている。まるで、街角に立つ詩人が、通り過ぎる人々に突然、美しい言葉を投げかけるかのように。


王道が語る普遍性

イメージ画像 青空を背景にたっている貸看板


この事例から学べることは多い。特に、伝統的な野立て看板がいまだに持つ、その普遍的な広告効果である。情報過多の現代において、シンプルで、大胆で、記憶に残るメッセージこそが、人々の心に響くのだ。古代の象徴を現代の製品と結びつける発想、そして、感情的な訴求と合理的なインセンティブを巧みに融合させる戦略。これらは、時代や文化を超えて通用する、広告デザインの原理原則を示しているように思う。

私たちは、日々膨大な情報に晒されている。その中で、ふと足を止めて見入ってしまう広告とは、一体何なのだろうか?それは、単なる情報を超え、見る者の心に「何か」を投げかけ、思考の波紋を広げる存在なのではないか。