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「最初に見えた“好き”」が、私たちの視界をも拡張する

2025年4月28日

タイトル画像 「最初に見えた“好き”」が、私たちの視界をも拡張する


――視力を取り戻した瞬間、人はどんな景色を最初に愛するのでしょうか。


ネパールの山あいで白内障手術を受けた少年は、手の中にそっと置かれたインスタントカメラを握りしめ、空へレンズを向けました。シャッターの先に収まったのは、雲間をついばんで飛ぶ小鳥の群れ。


「見えるって、こういうことか」。そんな心のつぶやきまでも透けて見える一枚です。


慈善団体Seva Canadaが2025年に仕掛けた屋外広告キャンペーン〈Love At First Sight〉は、視力回復手術を受けた人にカメラを渡し、“最初に見えた好きな景色”を撮影してもらいました。そしてその写真を野立て看板のビジュアルに、北米の各地で掲出しました。価格訴求もブランドロゴも脇役に追いやり、ただ患者が切り取った一瞬だけを、堂々と都市の景観へ差し込む――それが、今回の物語の幕開けです。


■参考サイト:
https://www.adsoftheworld.com/campaigns/love-at-first-sight-acb091f9-f4e6-4a3d-96ae-c4b0d88fffb6


カメラのシャッターが“物語の鍵”になるまで

イメージ画像 ハンモックに座り顔を見合わせる姉妹


Seva Canadaの今回のアイデアは、シンプルでありながら大胆。「視力回復の感動は、本人しか語れない」。ならば言葉ではなく、シャッター音という共通言語にバトンを委ね、それをそのまま看板デザインにしよう――そんな逆転の発想でした。


実際、ネパールとタンザニアで配られたカメラから現像されてきたのは、あまりにも個人的で、あまりにも普遍的な“最初の好き”ばかりです。妹を見守る少女のまなざし。陽だまりでまどろむ子猫のうぶ毛。自宅の庭で万歳を叫ぶ少年の、弾けるような笑顔。画素数よりも、シャッターボタンを押した指先の震えが伝わる画です。


“広告らしくない広告”が呼び起こす違和感の効能

イメージ画像 写真を撮る少年


看板を目にした人は、まずコピーの少なさに戸惑います。


「少年の視界を取り戻すのはかけがえのない出来事です。カメラを渡し、その瞬間を撮ってもらえたなら、なおさらです」


事務的な数字も統計も一切ありません。あるのは白抜きのファインダー枠と、感情の生データだけ。だからこそ、看板を目撃したドライバーは二度見し、スマホを掲げ、ハッシュタグ〈#LoveAtFirstSight〉を検索します。


可愛い動物写真でもインスタ映えでもなく、「これを撮ったのが視力を取り戻した人本人」という“背後の物語”を知った瞬間、看板は途端に広告を超えて一篇の短編小説に変わります。  


広告は本来「注意をかすめ取る装置」ですが、この看板はむしろ「立ち止まらせ、想像させ、余白を委ねるキャンバス」でした。


言い換えれば、観る者を共犯にする感情の装置。私たちは看板の前でシャッター音を疑似体験し、少年や少女が見た光を追体験します。


看板が“体験の中継タワー”になるとき

イメージ画像 街中を見る男女とSNSのいいねがたくさんきているスマホ 


Sevaは北米の主要都市に四種のビジュアルを配置し、SNSでも同じ画像をカルーセル形式で展開しました。


すると街の風景とタイムラインがシームレスにつながり、デジタルとフィジカルの境界で物語がエコーを起こします。


寄付ページへの流入は前年同月比で約1.3倍。しかも、その大半が「看板やSNSで写真を見て涙が出た」というコメント付きだったそうです。


メディアは違えど、人が行動を起こす理由は極めて情緒的。「失明をなくす」という巨大テーマも、一羽の小鳥や子猫のひたいほどの温もりに宿せば、驚くほど軽やかに胸を打つのだ――この事実に震えます。


視界が重なると、世界は少し優しくピントが合う

イメージ画像 祖母と孫が野原で笑い合っている


祖母の視力を取り戻した孫が万歳して笑う一枚が個人的に印象的です。キャッチコピーはこうです。  


「正しいイメージは、一瞬を永遠に閉じ込める。  

この写真は、祖母が取り戻した愛を写し取った。」  


この看板広告シリーズを見て考えました。もしかすると、世界にはまだ見えていない“最初の好き”が無数にあるのだろうと。


だからこそ、野立て看板は道路わきの静物ではなく、人と人の視界を連結する巨大なファインダーになります。そして“最初の好き”は、視力を失っていた人だけでなく、忙しさに視界を曇らせた都市生活者にも、新しいフォーカスをプレゼントしてくれるかもしれない。


Seva Canadaが示したのは、そんな広告とストーリーの幸福な共犯関係――