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たった一枚の看板で商圏拡大――埼玉県日高市『売るナビ』

2025年1月30日

タイトル画像 たった一枚の看板で商圏拡大──埼玉県日高市『売るナビ』


車で走っていると、ふと視界の端に大きなイラストが飛び込んできた。男性の顔が大きく描かれ、「家の整理に」「買取なら売るナビ」といった文字が並んでいる野立て看板である。通常の四角い広告看板とは異なり、人の顔が突き出すような“異形”のデザインになっているのが目を引く。

買取店というと、どこかガチャガチャしたチラシイメージを連想しがちだが、この看板は“家の整理”をキーワードに、高齢者の心のハードルを下げる表現が随所にちりばめられている。 

リユースやリサイクルが当たり前になった時代とはいえ、実際に「古い時計や宝石を売りに出す」ことは意外とエネルギーがいる行為である。そんな人々の背中を押すために、あえて顔のイラストを大きく描き、親しみと信頼を訴求する。しかもたった一枚の看板で、実際に商圏が拡大し、問い合わせが増えたというから面白い。今回は埼玉県日高市に設置した“売るナビ”の看板事例を手がかりに、野立て看板による認知度アップや商圏拡大の可能性を探ってみたいと思う。


“異形看板”の威力

現場写真 売るナビ様の縦長の野立て看板


「買取店なら、ネット広告で十分だろう」。多くの事業者がそう考えがちである。しかし、埼玉県日高市の「売るナビ」は、あえて野立て看板一本に注力した。しかも、代表の顔を大きくイラスト化し、背景には時計やブランドバッグなど、リユース可能な品目を写真でわかりやすく並べている。看板のコピーは「家の整理に」というシンプルなフレーズ。 

なぜ“家の整理”という言葉を前面に押し出したのか。実は、高齢者やその家族にとって「家の中を片付けたいけれど、どう処分すればいいかわからない」と悩むケースが少なくない。倉庫や押し入れに眠る品々が、実は意外な価値を持っているかもしれないと思っても、「どこへ持って行けばいいのか」「騙されないか」と不安を覚えるのが常である。 

そこで「売るナビ」は、「家の整理」という言葉で呼びかけることで、“買取店に行く=売りに出す”という心理的ハードルを下げる戦略をとったわけだ。そして、ただ文字を並べるだけではなく、代表者の顔が看板の上部からどーんと飛び出た形状にすることで、通行人の視線を捉え、多くの人の関心を呼び込む。さらに、代表者のイラストは、「この人なら安心して任せられそうだ」と思わせる柔らかさと信頼感を自然と与えている。


野立て看板が生む“通りすがりの刷り込み”効果

イメージ画像 談笑をしながら散歩をする老夫婦


交通量の多い場所に立つ野立て看板は、日々その道を行き来する人々の記憶に少しずつ刷り込まれていく。ネット広告のように一瞬で流れ去るのではなく、あくまで物理的に“そこ”に建っているため、通るたびに目に留まるのだ。特に郊外や地方都市では車移動が中心になるため、「目立つ看板があるな」と気づいてもらいやすい。

高齢者が集まる施設の近くに看板を設置したのもポイントである。高齢者はネットを使いこなす人も増えているが、まだまだ“スマホ検索”をしない層も多い。リアルの風景の中で「あの看板に大きく描かれたお店、ちょっと行ってみようか」と思ってもらえるほうが、むしろ直接的な誘導になる場合もある。また、家族が車で送迎している際に「あそこに買取してくれるお店があるらしい」と情報を得て、あとで親や祖父母に教えることもあるだろう。

ネット広告は広範囲を狙えるが、地域に根ざした商圏拡大には野立て看板の“定点”効果が圧倒的に強い。毎日通る道だからこそ、ふとしたきっかけで「そういえば、家の中に不要な物があったな」と思い出す。しかも「顔のイラストで覚えやすい」「家の整理という文句が背中を押す」という2つの要素が重なり、「一度問い合わせしてみようか」と行動に移りやすい。


“家の整理”という魔法のコピーの意味

イメージ画像 引っ越しの為の段ボールに入った荷物


断捨離や終活という言葉が定着した現代、「いずれは片付けたい」と思っていても、なかなか実行に移せない人は多い。そこに「買取店がある」ことを知っていても、「まだ使うかもしれないし……」「どの程度の価値かもわからないし……」という迷いが残る。 

だからこそ、「家の整理」というフレーズが効果的である。これが「不用品を売ってください」だと、どうしても“押し売り”や“無理な勧誘”を想起してしまう。しかし「整理」という言葉には、「自分の生活をシンプルにしたい」「思い切って片付けたい」というポジティブなニュアンスが含まれているのだ。さらに言えば、高齢者にとっては「大事にしていた物を誰かに引き継ぎたい」「生前整理として家族に迷惑をかけたくない」という思いもある。 

結局のところ、“買い取ってください”ではなく“家の整理をしませんか”と呼びかけることで、抵抗感の大きなハードルをひとつ下げられる。初めて利用する人でも問い合わせしやすい環境を作っているわけである。


問い合わせ増加という成果――“顔を知っている”安心感

イメージ画像 高齢の女性と話すコールセンターの若い男性のオペレーター


実際に看板を設置してから、「売るナビ」では問い合わせが増えたという。中には「ずっと気になっていた不用品をどうしようか迷っていたが、思い切って電話してみた」「代表の顔が看板に描かれているから、どんな人かわかって安心だった」という声もあるらしい。

人間は見ず知らずの相手と取引することに警戒心を抱きがちである。特に金銭が絡む買い取りとなると、「ちゃんとした値段をつけてもらえるのか」「騙されたりしないだろうか」と疑念が生まれやすい。しかし、看板に大きく顔が描かれているだけで、漠然とした不安が和らぐから不思議だ。「この人なら大丈夫そうだ」という心理を醸成し、実店舗への来店・出張買取の依頼へとつながる。 

さらに、大通り沿いの目立つ場所にたった一枚あるだけで、地域の人々が「ああ、あのイラストの店ね」と共通認識を持ちやすい。もはやチラシやクーポンを配らなくても、自動的に“宣伝塔”として機能し続けるのが野立て看板の強みである。広告費を継続的にかけるネットやSNSと違い、一度設置してしまえば、日々のローカルなトラフィックを取りこめる点でコストパフォーマンスが優れているとも言えよう。


小規模事業こそ“地元戦略”で勝負すべき

横長の貸出中野立て看板の写真


地域で集客に苦労している小規模事業やクリニック、店舗にとって、「野立て看板」を使うことは大きなチャンスである。人が行き交う主要道路沿いに設置し、シンプルかつインパクトのあるデザインで自社の特徴を打ち出す。そこに“具体的なフレーズ”や“親しみのあるビジュアル”が添えられていれば、思いも寄らない集客力を発揮する可能性が高い。 

たとえば飲食店であれば、代表メニューを大きく描き、「ここでしか味わえない〇〇」「地元生産者とコラボ」など、地域とのつながりを強調するのも良いだろう。医院なら「痛みの少ない治療」「キッズスペース完備」など、患者が気になるポイントを前面に出すといい。いずれにせよ、アナログだからこそできる“現地・現物・現実”的な訴求が、大きな武器になるのである。


たった一枚が変える風景――野立て看板の可能性

現場写真 交差点角地に設置された売るナビ様の野立て看板


デジタル広告が全盛の時代、SNSや検索エンジンでの露出を増やすことが王道と思われがちである。しかし、埼玉県日高市の「売るナビ」ような例を見ると、あえて物理的な場所に根を張る野立て看板が、依然として強い力を持っていることがわかる。しかも今回、看板はわずか1枚。それだけで高齢者の問い合わせが増え、商圏が広がったという事実は、多くの経営者にとって学ぶべき点が多いはずだ。 

ネット広告の良さを否定するものではないが、ローカルで動くユーザーや高齢者層、あるいは「このエリアを通る人々」に対しては、野立て看板のほうがダイレクトに訴求できる場合がある。さらに言えば、近年は都市部でも“OOH(Out Of Home)広告”として大型看板が再び注目されている。特定の商圏を深く掘り起こし、確実に存在を刷り込むには、看板が最適なメディアとなり得るのだ。


顔の見える看板で、地域のビジネスが動き出す

イメージ画像 笑顔で寄り添い歩く老夫婦と売るナビ様の野立て看板写真


「家の整理に」というシンプルなコピーと、代表の顔イラスト――この二つが組み合わさるだけで、買取店への心理的ハードルをぐっと下げ、商圏拡大に成功した「売るナビ」。埼玉県日高市という決して広大ではない地域であっても、交通量の多い要所に看板を立てることで、確実にターゲットの目に触れ、行動を起こさせている。 

小規模事業にとって、地域密着こそが生命線である。そしてその地域には、ネットだけでは拾えない人々の暮らしや価値観がある。たった一枚の看板を戦略的にデザインし、設置場所を吟味すれば、大きな広告予算がなくても十分な効果を期待できるのだ。現に「売るナビ」は、その好例と言えるだろう。 

もしあなたが、ローカルな商圏を掘り起こしたいと考えているなら、ぜひ一度“顔の見える看板”という選択肢を検討してみてはどうだろうか。形状や色使いを工夫し、「家の整理に」など、わかりやすい言葉でターゲットの背中をそっと押す。そうすることで、やがては地域の人々にとって「何かあれば相談したい、頼りになる店」として記憶に刻まれるに違いない。