コラム
Column
街角を彩る物語──野立て看板が紡ぐブランドの記憶
2024年12月12日
近頃、街を歩いていると、「いったい誰が、どのような意図で設置したのか」と興味をそそる野立て看板を目にすることがある。特に海外で展開されている先進的な事例は、そのアイデアと表現力に唸らされる。本稿では、米国発のスニーカーブランド「Talon & Sender」が都市部に仕掛けた野立て看板事例を手掛かりに、小規模事業者が地元で応用し得るヒントを探っていく。
海外事例から学ぶイメージ戦略
「Talon & Sender」は、ロサンゼルス、ニューヨーク、サンフランシスコといった多様な消費文化が渦巻く大都市の街角に、自社スニーカーの広告として野立て看板を掲出した。
一見すればモデルがスニーカーを履いた状態で撮影した写真が印刷されているように見える。ところが、よく目を凝らすとそれは写真ではなく、イラストレーターが直接描いたイラストである。精密でありながらスタイリッシュなタッチが、まるで一枚のストリート・アートとして看板の中に存在しているかのようだった。
この手法は、単なる「商品の露出」に留まらない。そこに映し出されているのは「スニーカーを履いている自分」のイメージ、そして「そうなりたい」と思わせる暮らしのワンシーンである。製品写真をただ押し出すのではなく、見る者に「こんなライフスタイルを楽しめるかもしれない」という期待を抱かせることで、通行人の視線は自然と吸い寄せられる。
■参考サイト:https://www.adsoftheworld.com/campaigns/ooh-fashion-sustainable-everlane-talon
「物語」を描く看板がもたらす心理効果
なぜ、このような手法が人の心を捉えるのか。それは、人間が「物」そのものではなく、「物によって得られる体験や世界観」に感情を揺さぶられる生き物だからである。
シューズという単なるモノを見せるのではなく、そのシューズを身につけて街を歩く自分を投影させることで、製品が「人生のワンシーンを彩る小道具」へと格上げされる。
日常の中で、広告は無数に存在する。その多くは通り過ぎる瞬間に目の前をかすめ、意識の網にすら引っかからずに消えていく。しかし「Talon & Sender」の看板は、ストリート文化に自然と溶け込み、まるで周囲の風景の一部になっていた。それは「ここにあること」が誇張されていないがゆえに、逆に人々を惹きつける。ブランド名を知らない通行人であっても、「あれは何だろう」と好奇心を刺激され、いつか心の片隅に残る記憶となる。
地域ビジネスへの応用
この発想は、小規模事業者にも応用できる。たとえば地域で飲食店、個人のバイクショップ、医院といった小規模事業を営む場合、高価な全国広告やテレビCMを打つことは難しい。しかし、街角に立てた一枚の看板で「商品そのものではなく、その先にある価値」を描くことは可能である。カフェなら、店内に入ったときに漂う香りと友人との弾む会話が想起されるシーンを。バイクショップなら、新しいバイクで街に出た自分が少し誇らしく感じる瞬間を。医院であれば、受診後に健康的な暮らしへの第一歩を踏み出す安心感を表現できる。
「手の込んだイラストなど、自分には無理だ」と思う必要はない。地元の学生や、フリーランスのデザイナー、あるいはオンラインで依頼できるクリエイターを活用すれば、必ずしも大きなコストをかけずに個性豊かな表現が実現できる。また、細密な技術は求められない。可愛らしいキャラクターや象徴的なイメージがあれば、見る者の心を「ちょっと中を覗いてみたい」という感情へと導くことができる。
ここで鍵となるのは「街並みに溶け込む」ことである。単に目立てばよいわけではない。周囲の景観や流れを乱さず、むしろそこに自然と存在するアートピースであるかのような空気感が肝要だ。派手な色や巨大な文字で押し切るのではなく、静かだが印象的な物語が看板の中に宿るような演出が望ましい。そうした看板は、毎日その前を行き来する人々に「継続的なブランド接触」を生み出し、いつしか「あそこに面白いお店があるらしい」という口コミや噂を生む可能性が出てくる。
海外事例をそのまま真似る必要はない。重要なのはアイデアの本質を汲み取り、自分なりに再構築することだ。たとえば地域特有の季節行事や、地元に根付く風物詩をモチーフにすれば、自分のビジネスと地元の暮らしが自然に結びついたオリジナルの物語が生まれる。商品やサービスが地域の日常に溶け込む瞬間を描くことで、単純な認知度アップ以上の価値が生まれ、ブランドとしての記憶や物語が定着していく。
あなたが提供するビジネスが、この街の日常に溶け込むシーンはどのようなものだろうか。そのシーンを、一枚の看板で表現してみてはどうだろう。技巧や華美な演出は必ずしも必要ではない。「あなたらしい物語」がそこにあれば、通り過ぎる人々は必ずそのメッセージを受け取る。いつか彼らが店先をノックする日が訪れるかもしれない。