コラム
Column
街角で時を結ぶ、再生の物語──海外事例から学ぶ野立て看板アイデア
2024年12月11日
あなたが今朝、通勤途中の国道沿いで見かけた野立て看板を思い出してほしい。その大半は、インパクト重視の派手なデザインで注意を引こうとしているものが多いはずだ。しかし、その中に、もし一基だけ、「時間を超えた物語」を感じさせる看板があったらどうだろう?
一瞬、あなたはハンドルを握る手をゆるめ、そのビジュアルやメッセージに目を凝らすかもしれない。ここで鍵になるのが、看板に現れる「ストーリー性」だ。この看板で表現されるストーリー性がブランディングに直結する。
再び愛されるための看板広告
海外で興味深い事例がある。イギリス最大の質屋チェーンであるH&T Pawnbrokersが、クリスマスシーズンに野立て看板で展開した中古ダイヤモンドのキャンペーンだ。
彼らは、かつて誰かに愛され、時を経てもなお輝き続けるダイヤモンドアクセサリーを「Pre-Loved Diamonds」と名付け、「Ready to be loved again(再び愛される準備ができている)」という印象的なコピーを添えた。それだけなら耳障りのいい言葉の羅列で終わりそうなところを、彼らは巧妙なビジュアル表現によってその言葉に命を吹き込んだ。
モノクロとカラーで一枚の人物像をコラージュし、過去にそれを使っていた人物の「昔」と、それを手に取ろうとしている「今」を同居させたのだ。過去から現在への時間の跳躍が、わずか一瞥で理解できる。不思議なことに、その看板を見ると、ただの中古品が「また誰かの愛を待ちわびる特別な品」に感じられ、まるで宝石そのものが語りかけているかのようだった。
■参考サイト:https://www.adsoftheworld.com/campaigns/ready-to-be-loved-again
ストーリーテリングのちから
この仕掛けには、ブランディングとストーリーテリングが巧みに織り込まれている。使い古されたダイヤが再び光り輝く背景には、「古い=価値のないもの」ではなく、「古い=歴史や思い出を内包し、新たなストーリーを紡ぎうる存在」という考え方が潜んでいる。
それは、単なる『売り物』を超えて「生きているモノ」へと昇華される瞬間だ。消費者はそこにノスタルジアを見出し、ひょっとすると環境や持続可能性を連想し、さらには「ああ、こうして再利用することは新しい価値を生み出す行為なんだな」と思うかもしれない。心の深い部分で、こうしたコンセプトは「買う」という行為そのものをドラマチックな旅に変えていく。
さあ、これを地域で小規模事業を営むあなたのビジネスに置き換えてみてはどうだろう。野立て看板は、地域の生活動線に溶け込み、人々の日常に静かに、しかし確実に入り込む「常設の舞台装置」だ。あなたが経営する医院や小さなカフェ、雑貨店でも、この看板を「単なる案内板」から「ブランドの物語を語るステージ」へと変容できたなら?
例えば、医院であれば、昔ながらの地域密着型医療がどう現代へ受け継がれているのか、あるいは地元の昔からある飲食店なら、店主が代々受け継いだこだわりの味がどう新しい客を温かく迎え入れるのか。その「時を超えた価値」を、一目で伝えるビジュアルを生み出せないだろうか。
看板デザインこそが企業の物語を作り出すもの
ストーリーとブランディングを支えるのが、優れたデザインだ。先述のH&T Pawnbrokersは、コピーの巧みさだけでなく、白黒写真とカラー写真の融合によるビジュアル・コントラストで過去と現在を同一平面に収めた。それは短い視線でも瞬時に理解できる、時間軸を圧縮した物語だった。
これは、あなたのビジネスの野立て看板にも応用できる。昔の道具や写真、その地域固有の風景を背景に、現在の店内やスタッフ、商品が重なり合うようなビジュアルで、「この街で長く愛され、そして今も続くストーリー」を示すのだ。
しかも野立て看板の利点は、比較的コストパフォーマンスが高いこと。多大な広告費をかけなくても、日常で通行する見込み客はそこを通るたびに看板を見る。「あの看板、面白いな」「次はちょっと寄ってみようか」と、心理的な敷居が下がり、来店へのモチベーションがじわじわと醸成される。広告が瞬間的な爆発力を狙うものだけではなく、徐々に記憶と感情に沁み込ませる「仕込み」の役割を果たすと考えれば、これは極めてローカルビジネス向きの戦略だ。
非合理なストーリーテリングこそ最も合理的な広告手法
重要なのは、そこに「感情のかけら」をしのばせることだ。割引や特価などの「お得情報」の叫び声ではなく、暮らしに寄り添うストーリーがあり、地域の時間がそこに流れている。たとえば店主が代々受け継いだレシピが時を経て進化し、新たなお客様を待っていることを伝えることができたら。「昔からこの街に根ざしてきたが、いま新たな世代の舌を満たしたい」そんな思いを、古いモノクロ写真の背景に、いまの店内風景を重ねる。過去が再び愛される瞬間を、地域の人々は知らぬうちに目に焼きつけ、心に残す。それは見慣れた道を歩く日常の中で、ほんの少しのワクワクを誘発する。
経営者として、あなたは売上や集客といった目に見える指標を重視するだろう。その一方で、地域社会でブランドを築くということは、時間をかけて心の中に小さな種を蒔く行為でもある。野立て看板は、その種をまく場所として極めて有利な「定位置」だ。そこにストーリー性や歴史、再生や持続可能性へのメッセージが込められていれば、一見ありふれた野立て看板が「ローカルヒーロー」になりうる。あの看板を見るたびに、通行人はまたその物語を反芻する。そこには売買を超えたドラマが潜み、人々が気付かぬうちに店舗への親近感を育んでいく。
野立て看板が生み出す過去と現在の物語
何気ない街角の一枚が、過去と現在を繋ぎ、新たな愛を生み出す。大げさに思えるかもしれないが、H&T Pawnbrokersの事例はそれを証明した。あなたが営む小規模な事業も、この発想を応用できるはずだ。すでにそこには、ひとつの物語が存在しているからこそ、お店を続けていられる。それを看板の上で再編集し、地域の人々に見せてほしい。「かつて愛されたものが、また愛される」。このメッセージは、あなたのビジネスを、街全体の記憶に溶け込ませる力を持っている。