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引き算のデザインで地域ビジネスを動かす

2024年12月10日

タイトル画像引き算のデザインで地域ビジネスを動かす

地域ビジネスが直面する「気づかれなさ」という壁


道を走るとき、何気なく視界を横切るあの「野立て看板」が、実は小規模事業者の集客課題を解決する一手になり得るとしたら、どう思うだろうか。都会の派手なネオン、膨大な広告出稿費、ソーシャルメディアでの拡散戦略など、現代のマーケティング手法は数多く存在する。だが、地域内で小規模な店舗や医院を営む経営者にとって、無尽蔵な広告予算は夢のまた夢である。限られた資金、限られたエリア、そして限られたブランド認知度。こうした状況の中で、自分の店を「気づいてもらう」ための手段は、実はもっと足元に転がっている。その一つが「野立て看板」だ。

小規模事業者が抱える最大のジレンマは、「ここにいるのに、なかなか気づかれない」という点である。地元に根差しているがゆえ、遠方からの来客は限定的。オンライン広告に挑戦してみても、クリック単価やコンバージョン率といった指標が肌感覚と結びつきにくく、具体的な顧客行動との距離を感じることが多い。せっかく駅前や幹線道路の近くに店舗を構えているのに、「そこにある」ことを周囲は知らず、通り過ぎていく。これでは真の集客にはつながらない。


マクドナルド「Follow the Arches」に学ぶミニマル導線術

イメージ画像ハンバーガーのセット


ここで注目したいのが、マクドナルドがかつて展開した「Follow the Arches」というキャンペーンである。2018年頃、カナダを舞台に展開されたこの屋外広告は、マクドナルドの有名すぎるロゴ「ゴールデンアーチ」の一部を切り取ることで、ドライバーに近隣店舗への方向を示すという斬新な手法を見せた。

ご存じの通り、マクドナルドの“M”は世界的なアイコンであり、そのロゴを見れば誰しもが店舗や商品を瞬時に連想する。その一部を矢印状に加工することで、看板そのものが「こっちに行けばマクドナルドがある」というナビゲーションツールとなったのだ。このキャンペーンは世界的に評価され、広告賞も多数受賞した。

確かに、マクドナルドは強大なブランド力と認知度を誇る。だからこそ、“M”の一部を切り出しただけで、受け手がすぐに「あ、マクドナルドだ」と理解する。この現象は、小規模事業者には縁遠い話と思われるかもしれない。

だが、この事例の本質は「強いブランド」そのものよりも、「シンプルな記号で道案内する」という発想にこそある。要は、「情報を詰め込みすぎない」引き算のデザインによって、人々の注意を直感的に引きつける点が肝なのだ。

詰め込みすぎる広告からの脱却

イメージ画像運転をする女性


看板広告は、往々にして文字情報を詰め込みがちになる。「営業時間」「定休日」「メニュー一覧」「電話番号」「ホームページURL」……気持ちはわかる。せっかく費用を出すなら、これでもかと情報を詰め込みたくなるのは当然だ。しかし、この過剰な情報量は、通り過ぎるドライバーや歩行者には、むしろ「一度に頭に入らないごちゃごちゃした看板」と映る可能性がある。

それよりも、赤や青といったはっきりした背景に、店名を象徴するシンプルなアイコン、そして「←100m先」のような短い誘導表示を入れるだけで、「そこにある」存在感を際立たせることができるのではないか。

野立て看板は、オンライン広告のように日々の運用コストがかからない。一度設置してしまえば、数ヶ月、時には一年単位で、常に通りすがりの潜在顧客たちに、無言のメッセージを発信し続ける。もちろん、オンライン広告で得られる精緻な分析や、SNSでの拡散効果とは性質が異なる。

だが、地域に根差す小規模事業者にとって、「地域住民が普段利用する道路」「駅から店舗へ向かう通学路」など、実空間の導線上で存在感を放つことは思った以上に効果的だ。


野立て看板は“地域の道しるべ”になり得る

イメージ画像談笑しながら歩く女性2人組


人々は、日常的に通る道沿いにある看板を、無意識のうちに目にしている。「毎日通勤途中に見るあの赤い看板、何だろう?」という疑問が生まれ、それがやがて「そうか、あそこに新しいカフェがあるんだな」という気づきにつながることもある。

実店舗が物理的にそこに存在するという事実は、デジタル世界の広告では得難い安心感を与える。言い換えれば、野立て看板はその店が「地域の中にちゃんと息づいている」という信号を送り続ける、目に見える位置情報のようなものだ。


看板デザインにブランド力は必須か?――いいえ、“わかりやすさ”が鍵だ

イメージ画像シンプルなデザインの野立て看板


マクドナルドの「Follow the Arches」は、「矢印」と「ブランド」を融合させたが、小規模事業者なら、地域固有のシンボルでもよいだろう。

たとえば、「緑色の葉っぱ型ロゴ」を矢印として使い、農園直送の野菜を扱う店であることを示す。あるいは、小児科医院であれば、可愛いウサギの耳を矢印状にデフォルメして、子供が安心して通える医療機関であることを暗示する。

これらは世界的な知名度など不要だ。地域の住民が一度認識すれば、次から「あのウサギの耳を曲がったら小児科がある」と覚えてくれる。ここに、巨大ブランドとは違う、小規模事業者ならではの「足元に転がるヒント」が存在する。

要は、引き算のデザインである。「もっと伝えたい情報はあるが、ぐっと我慢して削り、残った要素で強い印象を残す」という勇気が必要だ。わかりやすい色、シンプルな形、一目で伝わるアイコン。そうしたミニマルな看板を道路沿いに立てることは、コストパフォーマンスの面でも優れている。ウェブ広告に費用をかけ続ける代わりに、一度良い位置へ設置した看板は、半永久的に「ここに店あり」というメッセージを発し続ける。


足元のヒントでワクワクを生む

貸し出し中の野立て看板の写真


もちろん、看板一枚で世界が変わるわけではない。だが、集客に悩む小規模事業者にとって、「ここにある」と宣言する場が身近に作れるという事実は、ワクワクする可能性ではないだろうか。

一度自身で看板のアイデアを考えてみるといい。たとえば店名の頭文字を切り出して矢印に加工する。あるいは店のコンセプトカラーを背景に敷き、シンボルだけを配して「100m先右折」と書く。それだけで、人々は「なんだろう?」と意識し始める。そうなれば、店の存在は「気づかれていない宝物」から「行ってみたい場所」へと変わるかもしれない。

大資本を持たないからといって諦める必要はない。むしろ地域に根を張るビジネスこそ、このような地に足のついた一手を打ちやすい。万人が知るロゴでなくとも、工夫と試行でシンプルな導線を生み出し、来店への流れを作り出せる。マクドナルドが示した「Follow the Arches」の精神は、小規模事業者が学べる普遍的なヒントを含んでいる。「世界的大手だから可能なのだ」と突き放すより、「自分にもできる」と前向きに捉えてはいかがだろうか。