コラム
Column

フランス産を食べよう、でも料理は世界中のアレ!?
2025年3月26日

今回ご紹介する世界の野立て看板は、フランスの人気スーパーマーケット「Monoprix(モノプリ)」がパリ市内で展開した野立て看板キャンペーン。「EAT FRENCH(フレンチを食べよう)」というキャッチコピーを大きく掲げながら、そこに描かれているのは、アメリカっぽいエッグマフィンやハンバーガー、メキシコのタコス、日本の寿司といった“フランス料理とは言いがたい”料理ばかり。しかも堂々と「Origin: France(原産国:フランス)」と強調しているのだ。いったいどんな狙いがあるのか。単なる面白ネタで終わらない、この広告が持つメッセージ性と広告効果、そしてブランディングの深みについて、掘り下げてみよう。
野立て看板の本領発揮:一瞬で与えるインパクトと繰り返しの記憶

1. 街を飾る“風景”としての広告
野立て看板という広告手法は、デジタル広告が全盛の今でも根強く生き続けている。その理由の一つが、“物理的な存在感”だ。誰もが一瞬は目を向けざるを得ないような場所に大きく掲げられることで、数秒間であっても確実に視界を奪う。しかも、その場所を日常生活で何度も行き来する人にとっては、繰り返し視認することで自然と認知が形成されていく。「いつの間にか、このブランド名を覚えてしまった」「気づいたら頭の片隅に残っていた」――そんな“じわじわ”効果が、野立て看板の醍醐味だ。
2. 感情を揺さぶる“ユーモア”や“意外性”
見る側の脳を揺さぶるには、ビジュアルやコピーで「え、なんだこれは?」と思わせる必要がある。テレビCMなら動きや音で訴求できるが、看板は静止画と限られた言葉しか使えない。それでも大きなインパクトを生むためには、デザインやコピーにユーモアや意外性を埋め込むのが効果的だ。今回のMonoprixの事例は、まさしく「フランス産食材で作る海外料理」というギャップが面白さを醸し出している。
■参考サイト:https://www.adsoftheworld.com/campaigns/eat-french
Monoprixとは何者?――パリジェンヌ御用達スーパーの戦略

1. パリの暮らしに溶け込む中堅スーパー
モノプリ(Monoprix)は、フランス国内で人気を集めるスーパーマーケットチェーン。食料品はもちろん、衣類や文具、本まで揃う総合的な店舗形態で、パリ市内を中心に多くの店舗を展開している。マルシェのような「フランス感」と、ちょっぴり高級感のある品揃えで、地元の人々に愛されている存在だ。日本で言うなら成城石井やカルディ、無印良品を混ぜたような雰囲気かもしれない。
2. “フランス産”を誇りつつ“世界の料理”を提供
フランスといえば美食の国。地元で生産される農産物や肉、魚などの品質には定評があるが、昨今では国際化が進み、外国の料理を自宅で楽しむ人も増えている。そんな背景の中、「実はメキシコ料理やアメリカ料理、日本食を作るにしても、素材がフランス産なら“EAT FRENCH”なんだ」というユーモアを打ち出したのが、今回の広告キャンペーン。表面上は“異国の料理”のビジュアルだが、中身はフランス産の食材――この意外性を世の中に分かりやすく伝えるのが狙いだ。
「フランス風味」ではなく「フランス産の食材」という新発想

多くの人が“フレンチを食べよう”と聞けば、ソースがたっぷりかかった伝統的なフランス料理や、ミシュラン星付きの高級レストランをイメージしがち。しかし、モノプリの広告が提示するのは、エッグマフィンやハンバーガー、タコス、寿司。まるで世界のファストフードや多国籍料理を並べているのに、その食材が「Origin: France」と明示されているところがミソだ。つまり、「料理の形態はアメリカンでもメキシカンでもジャパニーズでも、材料がフランス産なら、それはもう“フレンチ”だ」という大胆な発想である。
このひねりのあるコピーは、「フランス産の素材はどんな料理にも合う」「海外料理を作るときだって、地元の新鮮な食材で作ろうよ」という呼びかけにもなっている。それは同時に、フランスの農業や畜産業を応援し、自国の生産者を盛り上げるメッセージでもあるのだろう。
4種類のビジュアルが見せる“ギャップ”の楽しさ

1. エッグマフィン風サンド(オリジン:フランスの卵)
このビジュアルでは、オレンジ色っぽいマフィンの断面ととろける卵黄が際立つ写真が配置され、「FRESH BARN EGGS ORIGIN: FRANCE」と明記。エッグマフィンといえばマクドナルドなどアメリカの朝食の定番だが、「EAT FRENCH」と被せることで、「実はフランス産卵で作ればフレンチ?」というオチを狙っている。背景がベージュ系で、緑色の“EAT FRENCH”がポンと浮かんでいる構成。見た目は極めてシンプルだが、そのコントラストが街角でも目を惹くはずだ。
2. ハンバーガー(オリジン:フランスの牛肉)
二枚目のビジュアルは背景が真っ赤で、“EAT FRENCH”が黄色。これはまるで逆にマクドナルド色合いのようだが、牛挽肉の“ORIGIN: FRANCE”を強調する形で、アメリカンなバーガーが迫力の写真で配置されている。バンズとパティの肉汁が誘い、トマトやレタスの彩りが鮮やか。誰が見ても「あ、ハンバーガーだ」と一瞬で分かるのに、“フランス産牛肉”という意外性で目を留まらせる効果がある。
3. タコス(オリジン:フランスの鶏肉)
三枚目は大胆なパープル背景に黄緑色で“EAT FRENCH”と書き、メキシコ風タコスの写真をどーんと載せる。中には鶏肉がゴロゴロ入っていて、「CHICKEN FILLETS ORIGIN: FRANCE」と書かれている。メキシコ料理×フランス産のギャップが面白いし、タコスの持つ“カジュアル感”とフランス食材の“品質”を同時に訴求している。この組み合わせに“へぇ、メキシカンでもフランス産食材ね”と誰しもがクスッとなるだろう。
4. 寿司(タイの握り)(オリジン:フランスの鯛)
最後は淡いピンク背景に赤文字の“EAT FRENCH”。中央には握り寿司らしきものが鎮座し、「FRESH SEA BREAM ORIGIN: FRANCE」と明示。フランス産の鯛(sea bream)を日本料理の形で見せつつ、これも“海外料理だけど素材はフレンチ”を強調している。奇想天外かつ魅力的な絵面で、寿司の透明感ある魚肉と白いシャリが映える。
広告効果とブランディングを高める狙い:なぜこの手法がハマるのか

1. ユーモアが呼ぶ認知度アップ
街行く人はこの看板を見て、「あれ、ハンバーガーなのにEAT FRENCH?」「寿司もフランス産ってどういうこと?」と疑問を抱く。そこで「なるほど、素材がフランス産なのか」と二度見するわけだ。この“二度見”こそ、野立て看板の大きな成功要因。疑問が湧くと、人はもう少し注意深く広告を見てしまう。そのとき商品価格やブランド名“Monoprix”を目にして、頭の中にインプットされていく。このプロセスが認知度アップに繋がる。
2. “国産志向”を楽しく促す
フランス国内では地産地消の意識が高まっているとはいえ、人々はさまざまな料理に手を出す。ここで「フレンチ素材を買おう!」と直球で訴えるより、「実はハンバーガーやタコスもフランス産素材で作れるよ」と見せた方がよほど面白い。笑いを交えたメッセージは押しつけがましくないし、クリエイティブな側面からの誘導が好感度を高める。ビジネス的には、自社(Monoprix)で取り扱う“フランス産の食材”が豊富だとアピールする絶好の場でもある。
未来の街角を思い描く――看板が繋ぐ世界と地域

Monoprixの「EAT FRENCH」キャンペーンは、やや逆説的なタイトルで人の目をひきつけ、料理写真の“国籍違い”で笑いを誘い、そのうえで「実はフランス産の素材」を売り込む三段構成が巧妙だ。これは単なる販促ではなく、“フランスの農産物や食品に対する誇り”を国民と共有する文化的意義も持っている。看板が街中に並ぶことで、市民は日常の風景の中で「自分の食生活にフランス産素材を取り入れる」という潜在的欲求を刺激されるわけだ。
一方で、海外の料理を否定せず、むしろ「海外料理もどんどん取り入れよう。でも食材は地元のものがいいよね?」というオープンマインドが感じられる。この寛容さと自国へのリスペクトの両立こそ、現代のグローバル社会で求められる価値観だろう。看板広告がそれを軽やかに表現しているのだから、視覚芸術とマーケティングの融合として実に面白い。