コラム

Column

コラム
  • 化学者が書くコピー──The Ordinaryの野立て看板が語る“名前なきブランド”の魅力

化学者が書くコピー──The Ordinaryの野立て看板が語る“名前なきブランド”の魅力

2025年3月10日

タイトル画像 化学者が書くコピー──The Ordinaryの野立て看板が語る“名前なきブランド”の魅力

目に留まるたった数秒が、ブランドを形づくる


イギリス・ロンドン。ビルの壁面を覆うように巨大な看板が目に飛び込む。

多くの場合、そこには華やかな色彩や有名人の顔写真があしらわれ、いかに目立つかを競うようにデザインが詰め込まれているはずだ。けれど、そのビル壁面に貼られた看板広告は、真っ白い背景にちょっとしたイラストと短文だけである。

野立て看板の広告は、一瞬で人の注意を引く勝負の場だ。通りすがりの数秒間、あるいは車の窓からの一瞥で記憶に残らなければ意味がない。そんな苛烈なシチュエーションの中、もし看板がミニマルかつユーモアたっぷりのコピーだけで勝負していたら――想像以上のインパクトがあるかもしれない。

今回ご紹介するスキンケアブランド、The Ordinary(オーディナリー)の野立て看板は、まさにそんな“張り詰めた空間”をうまく利用し、「なんだか面白そう」と消費者の興味をぐっと引き寄せているように見える。

■参考サイト:https://musebyclios.com/fashion-beauty/minimalist-ooh-skincare-brand-packs-nothing-extra/


The Ordinary――「名づけない」ことで伝えたい誠実さ

イメージ画像 白い無地のセラム容器とスポイト


The Ordinaryは、カナダで2016年に生まれたスキンケアブランドだ。その理念は、「科学的知見に基づいた成分を、正直な価格で提供する」こと。通常のスキンケア商品にはいかにも“魅力的”な名称――たとえば「リッチアンチエイジングエッセンス」「モイスチャーラディアンスセラム」など――がつけられる。しかし、The Ordinaryはそれらを廃し、成分の化学名と配合割合をそのまま商品名にするという徹底ぶりを見せる。たとえば「ナイアシンアミド10%+亜鉛1%」「ヒアルロン酸2%+プロビタミンB5セラム」などだ。

これはいっけん不親切にも思えるが、逆に「成分を明確に示し、消費者の判断に委ねる」という誠実さを体現している。そんな姿勢が、既存のスキンケアブランドが乱立する業界において際立ち、世界中のファンを増やしてきた。まさに「名前を飾らない」ことで“科学の力”に焦点を当てたわけだ。


「化学者はひどいコピーライター」──看板コピーに滲むユーモア

イメージ画像 透明なキューブに立てかけて飾られた白い美容品クリーム


The Ordinaryは製品名こそ無骨だが、広告にはユーモアが満ちている。実際の野立て看板を見てみると、真っ白なスペースの中に、小さなイラストと文章が配置されているだけ。しかも、その文章がじわじわと可笑しいのだ。たとえばこんなコピー。

“People find it odd that we don’t name our products. We tried it once. But scientists are terrible copywriters. So we stuck with Hyaluronic Acid.”

(私たちが製品に名前を付けないことを、人々は奇妙に思う。だから一度試してみたけれど、化学者はひどいコピーライターだった。だから私たちはヒアルロン酸のままにしたんだ。)

ここには、スキンケア業界が常にキラキラした商品名をつける慣習への皮肉がうかがえる。同時に「化学者が作っているから、奇をてらった名前じゃなく成分名そのままでいいじゃないか」というThe Ordinaryの精神が、ユーモアを交えて鮮やかに描かれている。

別の看板では、こうも言っている。

“Someone said working with celebrities would be good for our brand. But we couldn’t find one with a degree in Biochemistry.”

(有名人と組むのはブランドに良いだろうと言われたけれど、生化学の学位を持った有名人は見つからなかったんだ。)

芸能人を広告塔に起用するのが当たり前、という既存のマーケティング手法への挑戦とも受け取れる。化学者主体のブランドだからこそ、たとえセレブの人気を借りなくても、本物の成分と科学的裏付けがあるから大丈夫。そんな自信と茶目っ気がこの短文から漂ってくる。


野立て看板がもつ広告効果とブランディングへの影響

イメージ画像 上を見上げる若い女性とロンドンの町並みの写真


1. 数秒でつかむビジュアルとコピー

野立て看板の利点は、何と言っても“視認性”と“反復接触”である。都市部や幹線道路沿いに設置された大きな広告は、日々多くの通行人の目に晒される。彼らは一瞬しか看板を見ないかもしれないが、その数秒が勝負。The Ordinaryのように背景を大きな白で抜き、テキストもわずかだけにしておけば、その“少なさ”が逆に強烈な印象を植え付けるのだ。多忙な人々に「え、なんて書いてあるの?」と注意を喚起する効果がある。

2. 認知度アップと“薄い接触”の積み重ね

続けて同じルートを通る人にとっては、毎日この看板を目にすることになる。すると、あまり意識しなくても脳内に「The Ordinary=化学者が作るスキンケア」「シンプルで誠実」という連想が形成されていく。広告をじっくり読んだわけでもないのに、気づけばブランド名だけはしっかり刷り込まれている。その“繰り返し効果”が、看板ならではの“じわじわ広がる認知度アップ”を叶えているのだ。

3. ブランディングの肝:感情を引き出す巧妙な言葉選び

しかもThe Ordinaryの場合、その短いコピー一つひとつが“愛嬌”を含んでいる。「化学者はコピーライターに向いてない」「有名人より生化学の学位を持った人を探してる」といった表現が、見る人をクスリと笑わせ、「面白いブランドだな」と好意的に思わせやすい。特にスキンケアは“商品自体の効果”だけでなく“ブランドと自分の価値観が合うかどうか”が購買動機に直結する分野でもある。だからこそ、こうしたユーモアや人間らしさがブランド忠誠度を高める要素となる。


看板デザインの分析──シンプルを極めたデザインが刺さる理由

イメージ画像 スポイトから垂らされた液状の美容液


オーディナリーの野立て看板は、大きく使われた余白が特徴的だ。そこには、ポタリと落ちてくる雫のイラストや、ちょっとした文字列だけがぽつんと配置されている。ともすれば“無機質”さをも感じさせる背景と、“化学的”なニュアンスのテキストが相まって、「これは一体どんなブランドだろう?」という疑問を誘う仕組みになっている。また、一部の看板では、白を基調としたスペースに「テクスチャ(液状の美容液)」が浮かんでいるようなビジュアルが添えられており、それがまた“化粧品っぽさ”を暗示している。

コピーは縦書きで配され、上部から液体が垂れているかのようにも見える。その視覚効果によって、“液体を研究する化学者集団”というブランドストーリーをイメージしやすくなる。同時に、ロゴの「The Ordinary.」が下部に控えめに置かれており、「あえて飾らず、ありのまま」というブランド名との呼応が感じられる。ポップアートのような洗練さと余白の美が混ざり合い、見る人の思考に鋭い刃を残すデザインと言えるだろう。


名づけない勇気が“名品”を生む

イメージ画像 白い横型の野立て看板イラストと、緑色の容器と白―パッケージの入れ物に入った液状の美容品


The Ordinaryの野立て看板を見ていると、何よりも「誠実さ」が伝わってくる。化粧品を扱う企業なら、もっとファンシーで甘い名前をつけて売りたいところを、敢えて成分名に留める。もっと有名なセレブを広告塔に迎える道もあっただろうに、「生化学の学位を持つ有名人は見つからなかったからさ」とあっさり引いてしまう。それが彼らの本気のスタンスであり、同時に最高のブランディングでもあるのだ。

そして、その“崇高なこだわり”を、わずか数行のコピーとシンプルなビジュアルで見せつける野立て看板は、“街の雑踏”というリアルな空間を舞台に、圧倒的なインパクトを放っている。どの看板も、通り過ぎたあとになってじわじわくるユーモアを含み、興味をかき立てる力がある。SNSで写真を撮り、友人に送りたくなるかもしれない。

もしあなたが小規模ビジネスを経営しているなら、The Ordinaryの事例から学ぶことは多い。“こだわり”を感じさせるシンプルなデザインと、心をくすぐるコピーを掛け合わせ、野立て看板という媒体で思い切り訴える。余計な飾りをそぎ落とし、数秒でブランドの魂を打ち出す。時に逆張りや自虐が混ざってもいい。それがむしろユーザーの感情を揺らすきっかけになるのだ。 オーディナリーの看板から伝わるのは、「本当に伝えたいことは、言葉を削った先でこそ輝く」ということ。消費者が看板を見て「何だろう?」と抱く疑問こそが、“想像力を膨らませる窓口”だといえる。看板に空白が多ければ多いほど、人はそのスペースを脳内で補完しようとする。この情報過多な世の中に、“削る”という行為が持つ力を改めて痛感する。