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行動経済学による新たな「ご褒美」のカタチ――Corona Ceroの野立て看板戦略

2025年2月19日

タイトル画像 行動経済学による新たな「ご褒美」のカタチ──Corona Ceroの野立て看板戦略


ビーチで爽快なひとときを演出する青いボトル、細長いライムの切れ端をキュッと挿し込んで味わう、あの開放感あふれるイメージ。多くの人が「Corona(コロナ)ビール」といえば、そんな光景を思い浮かべるのではないだろうか。南米で抜群の認知度を誇るCoronaは、「リラックス」「バケーション」「海辺」といった連想を生むブランドとして長年愛されてきた。しかし、そのCoronaが今回打ち出したのは、意外にも“ノンアルコール”というキーワード。さらに、その訴求舞台に選んだのは、なんとスポーツブランドの野立て看板のすぐ隣。ペルーの街角で展開された「Coronaがスポーツブランドの広告をハイジャック」というキャンペーンが、いま大きな注目を集めている。 


「ノンアル」の壁を打ち破れ――ペルー市場の背景

イメージ画像 海を背景に掲げられた2種類の瓶ビール2本


そもそも南米では、ビールといえばアルコール入りが当たり前という価値観が根強い。その中でも、特にペルーではノンアルコールビールの需要が低く、年間平均消費量は1.19リットルに留まるという。たとえばアメリカだと3.24リットル、南米全体でも1.21リットルといった数値がある中、ペルーは「ノンアル市場」がほとんど育っていないといっても過言ではない。Coronaのようなビールのトップブランドですら、この領域には大きな伸びしろがありながら、十分な販路を築けていないのが実情だ。 

そこでCoronaが取り組んだのが、「ノンアルビールにも、“おいしく楽しむ場面”がたくさんあるはずだ」という新たな視点の発信である。これまでの「ビーチで一杯」という王道イメージに加えて、運動後や体を動かした後の“リラックスタイム”に注目し、「罪悪感のないご褒美」としてノンアルコールビールを楽しむシーンを提案しようと考えた。 


“スポーツブランドの隣”を狙え――野立て看板で仕掛けるハイジャック戦略

イメージ画像 フィットネスジムで談笑する男女


今回のキャンペーンの鍵となるのが「野立て看板」である。リマ市内を中心とするペルーの首都圏では、大通り沿いに巨大な屋外広告がずらりと並ぶ光景が日常的に見られる。そこにはスポーツブランドの看板も数多くあり、「運動しよう」「アクティブになろう」というメッセージが溢れているわけだ。しかし、Coronaの広告が狙ったのは、まさにその“スポーツブランド看板の隣”だった。

たとえば、Reebokの「Make your move(さあ、動き出そう)」というキャッチコピーの隣に、「And then relax(そして運動した後はリラックス)」とノンアル商品Corona Ceroの広告が続く。あるいはPoweradeの“運動後の水分補給”イメージに、「運動後のリフレッシュはCorona Ceroで」というメッセージを寄り添わせる。いわば隣接広告をハイジャックする形で、消費者に「運動した後にはコロナのノンアルをどうぞ」という図式を自然に刷り込む戦略だ。単なる並列ではなく、相手方のコピーやビジュアルをうまく絡めることで、あたかもスポーツブランドがCoronaをおすすめしているようにも見える。 

この手法は、よくある“並べて広告をする”だけの方法とは一線を画す。通常なら競合他社同士の広告は、互いに全く関係のないメッセージを放つものだ。しかし、Corona Ceroは「スポーツブランドの広告メッセージを、こちらで完成させる」という発想を持ち込んだ。消費者の頭の中で、「運動=ReebokやPoweradeなどのスポーツブランド→その後のリラックス=Corona Cero」という連鎖が生まれる構図である。これが「ハイジャック」戦略の核心だ。 

■参考サイト:https://www.adsoftheworld.com/campaigns/relaxing-ads


ビーチのイメージを“運動後”へ拡張――行動経済学に基づくブランドポジショニングの再定義

イメージ画像 フィットネスジムで水分補給をする男性とサーフボードを抱えて海辺を歩く男性


Coronaといえば「海辺でのリラックス」が定番イメージだが、今回はそこに「運動後のクールダウン」というシーンを追加した。これが、ブランドの世界観をより日常的なシーンへと拡張する狙いである。実際、消費者心理を考えれば「良い行動をした後、少しだけ indulgence(贅沢)を味わいたい」という気持ちは多くの人に共通する。運動やダイエットといった健康的な行動の後なら、多少の甘いものや炭酸飲料を口にしても罪悪感が薄れるという心理――これを行動経済学では「ライセンス行動バイアス」と呼ぶ。

Coronaはこのバイアスをうまく利用し、ノンアルコールビールという“罪悪感のない贅沢”を提示しているわけだ。運動という“ストイック”なイメージと、ビールという“リラックス”のイメージは、一見すると相反するように思える。しかしノンアルコールであれば、トレーニング後の体を労りながらも、ビールのような満足感を得られる。そうした提案をすることで、これまでほとんど存在しなかった「運動後にノンアルビールを飲む」という新しい消費シーンを切り拓くのだ。

この手法は、従来のCoronaファンにも新鮮に映るだろう。ビーチでゆったりするだけがリラックスの形ではない。むしろ忙しい日常を送る人々にとって、運動後の一杯こそが“身近なビーチ”になるかもしれないのである。 


見過ごせない「野立て看板」の広告効果――ローカルビジネスへの示唆

横長で貸出中の野立看板の現地写真


今回の事例で特に注目したいのは、野立て看板という手法がもたらす広告効果とブランディング力だ。日本でも主要道路や幹線道路沿いに設置された看板を目にすることは少なくない。そして、地域密着型のビジネスにとって、テレビCMやウェブ広告よりもはるかにコストパフォーマンスに優れ、地元住民に強く訴求できる可能性を秘めている。

小規模事業者や医院、店舗経営者が抱える課題の一つに「とにかく目立たない」という問題がある。広告予算が限られているため、大掛かりなキャンペーンやオンライン広告で大幅な認知度アップを狙うのは難しい。しかし、野立て看板なら、一度設置してしまえば長期間にわたり、地域を行き来する人々の目に触れる。しかも、近隣の見慣れた風景に溶け込みながらも、インパクトのあるデザインやキャッチコピーを打ち出せば、それが徐々に“街のシンボル”のような存在感を帯びてくる。

今回、Coronaはスポーツブランドの看板という既存の“視線の集まる場所”を巧妙に利用した。これに習い、小規模事業でも近くにある他業種の看板や建物、目立つ建造物などとの“連動”を狙ったアプローチを検討してみるのも面白いだろう。お互いにメリットがある形で地域の看板を“ハイジャック”する発想は、案外まだまだ無限の可能性を秘めている。 

このキャンペーンのもう一つの見どころは、デザインとコピーの巧みな連動である。Reebokの「Make your move」の直後に「And then relax」を並べるなど、まるで二つの広告が対話しているような構成は、一般的な単独の野立て看板ではなかなか実現しにくい。隣接する場所に設置するからこそできるクリエイティブであり、見る人の中で自然に物語が完結するよう仕掛けられている。


新しい消費シーンこそ“唯一無二”の強みになる

イメージ画像 フィットネスジムでペットボトルの水を持ち微笑んでいる男女


Corona Ceroがペルーで仕掛けた今回の野立て看板キャンペーンは、単順に“スポーツブランドの広告の隣に立てただけ”のように見えて、その実はきわめて綿密な計算がなされている。ノンアルコール市場が未開拓という状況を逆手に取り、スポーツブランドのメッセージを大胆にハイジャックしながら、「運動後のリラックスタイム」を一挙に人々の意識に植え付けたのだ。

ライセンス行動バイアスをはじめとする人間の心理を巧みに取り入れ、Coronaの既存イメージ「ビーチでリラックス」を日常へと拡張する。こうして“運動後のご褒美”という新しい消費シーンを創造することで、ペルーのノンアル市場に光を当てた。そして、小規模事業にも通じるのは、この「新たな消費シーンや使い方を提示し、自社の商品をそこに溶け込ませる」という発想だ。

野立て看板は、低予算で地域内での持続的な広告効果が期待できる。そのためには、地域内の消費者の感性に響くコピーやビジュアルに対する徹底した工夫が必要だ。看板でブランド力を高め、集客効果を得るためには、柔軟な発想によるアイデアが重要なのである。

今回のCorona Ceroの取り組みは、その大きなヒントとなっている。