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「Humanity is not a role. It’s a choice.」――野立て看板に込められた、ユニセフからのメッセージ

2025年2月18日

タイトル画像 「Humanity is not a role. It’s a choice.」──野立て看板に込められたユニセフからのメッセージ


雪に包まれたスイスのダボス。その澄んだ空気の中、世界経済フォーラム(WEF)の会場へと足を運ぶグローバル企業のトップたちを迎えるように、街の壁面や道路沿いに複数の大きな看板が設置されている。そのビジュアルには、世界的に名高いセレブリティたちが開発途上国の子どもたちと触れ合う心温まるモノクロやカラーの写真。そして、その隣に置かれた一行のキャッチコピー――「Humanity is not a role. It’s a choice.(人間性は役割ではない。それは選択だ)」。人々の足を止め、視線を奪い、同時に深い思考を促す、この大胆な野立て看板を仕掛けたのは、国際連合児童基金、通称ユニセフである。

■参考サイト:https://www.adsoftheworld.com/campaigns/humanity-is-a-choice-105c056a-1749-41fc-9fca-486e3a8c4625


ダボスの地に立つ、ユニセフの“問いかけ”の意味

イメージ画像 半壊した建物のモノクロ写真と現在のスイスの街並みのカラー写真


2025年1月、世界経済フォーラムの開催に合わせて、このキャンペーンは行われた。ダボスという街は、世界の経済人や要人が集まり、時には華やかなパーティーやメディアの注目が集中する舞台でもある。だが同時に、地球の裏側では飢えや病気、紛争の被害に苦しむ数多くの子どもたちが存在する。経済活動の円滑化や効率化が謳われる一方で、「合理的な経済の論理」によって零れ落ちる“弱き者”をどう救うのか――この視点を突きつけるのが、ユニセフの野立て看板なのである。

雪山を背に堂々と掲出された野立て看板は、一瞬では見逃してしまいそうなほど控えめな色調でありながら、キャッチコピーが放つ言葉の力がひときわ際立つ。「Humanity is not a role. It’s a choice.(人間性は役割ではない。それは選択だ)」という言葉には、混沌とした世界においてこそ忘れてはならない“人間としての本質的な行動”を、各国のリーダーたちに思い起こさせるインパクトがある。


オードリー、オーランド、そしてベッカム――写真が語る“リアル”

イメージ画像 手を引かれて歩く少女のモノクロ写真


掲げられたビジュアルの中には、国際的に著名な芸能人やスポーツ選手たちが、途上国の子どもたちと笑顔で接する姿が映し出されている。ある俳優は、子どもと一緒にノートを広げて無邪気に笑い合い、またある元スポーツ選手は腕に刻まれたタトゥーとは対照的に、子どもと同じ目線に身を落として優しい言葉を交わしている。さらにかつての名女優が、恵まれない地域の子どもを抱きしめる姿も写されている。

これらのセレブリティたちは、ユニセフの親善大使や支援活動の顔として知られ、メディアを通じて世界中の人々に“寄付の呼びかけ”や“支援の必要性”を訴えてきた。その背景には、「有名だからこそできる、弱者のための発信」がある。しかし、このキャンペーンが目指すのは「義務としての支援」「役割としての活動」ではないという点が重要だ。写真に収められた彼らの表情は、決して作り物の笑みではなく、心から子どもたちとの時間を楽しんでいるように見える。まさに「Humanity is not a role. It’s a choice.」という言葉が象徴するように、自分自身が“それを選んだから”この場にいて、笑顔を交わしているのだ――そのメッセージが鮮明に伝わってくる。


「Humanityは役割ではなく選択だ」というキャッチコピーの深遠

イメージ画像 両手の平の上に浮かぶ地球儀


社会学において“役割”とは、ある社会的地位に付随する行動や規範を指すものとされる。たとえば、「親」という役割であれば子どもを養い、「教師」という役割であれば生徒に学問を教える。しかし、それらの役割から外れた途端に“責任”も一緒に消えてしまう可能性がある。人道支援を単なる役割だと捉えると、“自分はその立場にいないから関係ない”と切り捨てることができてしまうわけだ。

しかし、「選択」という言葉はまったく異なる意味をもつ。立場や環境に左右されず、個人が自主的に行動を起こすことを示唆する。つまり、人道支援に関心を寄せるかどうかは、職業や家族構成、経済的地位などに関係なく、誰もが“選ぶことができる”はずだという主張である。これこそが、ユニセフがダボスの街頭で問いかけたかったポイントだ。「理屈や義務を超え、自分の心に従って他者を思いやる行動を選び取る」――そのシンプルでありながら強力なメッセージが、この野立て看板キャンペーンには凝縮されている。


野立て看板がもたらす“啓蒙効果”――見る者の心を静かに揺さぶる

貸出中で縦長の野立看板の現場写真


では、なぜユニセフはダボスでこのような看板を展開したのか。世界経済フォーラムの参加者は、いわばグローバル規模で政治経済を動かすキーパーソンたちである。彼らは日々莫大な予算や投資、政策の決定に関わり、ある意味で“世界を形作る”立場にあると言っても過言ではない。そのような重要な意思決定者たちが集まる場で、この野立て看板が放つ“啓蒙効果”は非常に大きい。

しかも、野立て看板という媒体は一過性のメディアやSNSのタイムラインとは違い、人々が物理的に同じ場所を行き来するたびに繰り返し目に入る。特にダボスのようにコンパクトな街では、一度貼り出した看板はフォーラム開催中ずっと存在し続け、参加者は無意識のうちに何度もそのキャッチコピーを目にすることになる。結果として、最初は「何だろう?」と感じただけかもしれないが、会期中に何度も見るうちに、自然と“Humanity is not a role. It’s a choice.”というメッセージが心の底にまで浸透するのだ。


私たちは何を選ぶのか

イメージ画像 ノートパソコンを脇に抱えて笑顔で歩く若い女性


経済の論理は、ときに冷酷とも言える決断を下す。効率化と利益追求の波に飲まれ、弱い立場の人々や地域が取り残されてしまう現実は、決して小さな問題ではない。けれども、こうした現実を変えるのもまた人間の意思の力であり、“人間性”という言葉が示す、他者への思いやりや行動の選択であるとユニセフは訴えている。

「Humanity is not a role. It’s a choice.(人間性は役割ではない。それは選択だ)」というキャッチコピーに触れた瞬間、私たちはそれぞれの立場で思わず胸に手を当て、自問することになるだろう。“今、この自分にできることは何か”“自分はどんな道を選ぼうとしているのか”――それが義務感や強制力ではなく、自らの意志によるものだという気づきは、ときに私たちの行動を大きく変えるきっかけとなる。

オードリー・ヘップバーンやオーランド・ブルーム、デイビッド・ベッカムといった名前が登場するユニセフのキャンペーンには、華やかなセレブリティの存在感と同時に、“地に足のついた人間性”が示されている。彼らは映画スターやスポーツ選手としての役割にとどまらず、その地位を活かして途上国の子どもを支援する道を“選んだ”のだ。そこには誰かに課せられた義務やポジションの概念はない。むしろ、個人として“自分が本当にやりたいこと”を素直に見つめ、その一歩を踏み出した結果が映し出されているのである。

ダボスの街を彩るこれらの看板は、“人間性”という普遍的なテーマを、経済の最先端を駆け抜ける人々に対して、そして私たちに対して、静かに、しかし強く問いかけている。