コラム
Column
ポラロイドから学ぶ、アナログ看板のブランディング効果
2025年1月16日
デジタル時代に、なぜフィルムが再燃しているのか
スマホやデジタルカメラが当たり前の現代、それでも“フィルム”や“インスタントカメラ”に惹かれる人が増えていると聞いたら、少し意外に思われるかもしれない。ところが、SNSやZ世代の若者を中心に「フィルム写真のほうが味がある」「現像までのワクワク感がたまらない」といった声が急増し、フィルムカメラの需要がここ数年で再び伸びているのだ。おしゃれなカフェで“インスタ映え”を狙うだけでなく、友人へのプレゼントや記念日用の撮影としてフィルム写真を選ぶ若者も少なくない。
そして今、その“フィルム回帰”の流れの代表格ともいえるのが、ポラロイド社のインスタントカメラ人気だ。かつては一世を風靡しながら、一度はデジタルに押され気味になったポラロイド。しかし、ここにきて「取って出し(シャッターを切った直後に写真が出てくる)」というアナログな手法がかえって新鮮と注目を浴びている。まさに、“時代の逆行”でありながら“最先端”という不思議な立ち位置を築きつつあるわけだ。
通りを彩る野立て看板――ポラロイドの「Make History」キャンペーン
このポラロイド人気をさらに後押しするように、同社が行った屋外広告のキャンペーンが興味深い。それも、野立て看板を中心に「Make History」と銘打ったシリーズを展開し、複数種類のポラロイド写真を使った広告を大々的に掲出したのである。
それぞれの看板に写っている写真はまるでアルバムの1ページを切り取ったような、人生の大切なシーンばかり。 たとえばこんなもの。
1. “Finally got away from work.” (やっと仕事から解放された)
– 南の島でバカンスを満喫している男性の自撮り写真。白い砂浜に座り満面の笑顔、フィルム独特の深い色味が目に飛び込んでくる。
2. “Added another member to the family.” (家族がもう一人増えました)
– 猫を抱き、ほほを寄せ合う女性のショット。見ているだけで、幸せな時間が伝わってくる。
3. “Joined the same sorority as her mom.”(お母さんと同じソロリティに入りました)
– 親子のようでありながら、まるで姉妹にも見える2ショット写真。家族の歴史が次の世代へ繋がっていく様子が感動的。
4. “Didn’t break down during the O’Chem all-nighter.” (有機化学の徹夜勉強でもくじけなかった)
– 友人同士でハグして喜んでいる女性。なんともいえない達成感に、こちらまで励まされる。
いずれの写真も、ポラロイド特有のやわらかな色味や質感が大きく拡大され、看板いっぱいに印刷されている。まさに「デジタル写真とは違う深み」を感じさせるビジュアルであり、その場を通りかかった人は思わず足を止めるだろう。さらに、各写真に添えられた短いキャプションが、日常の出来事をちょっとしたドラマに変えているのも大きなポイントだ。
■参考サイト:https://www.adsoftheworld.com/campaigns/make-history-62e94aea-cbc6-4e12-8ee8-d32e8d96d049
アナログ感が心を揺さぶる――フィルム×屋外広告の魅力
あえてこのデジタル全盛の時代に、ポラロイド社が野立て看板というアナログな媒体を選んだ理由は何か。それは、フィルム写真の持つ“物理的な感触”が、現実の街並みの中でこそ最も際立つからではないか。
ネット広告やSNS上のプロモーションは一瞬で膨大な人々に届くものの、その膨大さゆえに「記憶にとどまりにくい」という弱点もある。対して、街の通勤路や目立つ交差点などに突然現れる大型の看板は、人々が何度も目にし、頭の片隅に確実に“物理的な存在感”として焼きつく。例えば、「あのポラロイド写真が貼られた看板、色合いがレトロで可愛いな」「なんか旅行に行きたくなるね」といった具合に、意識せずとも記憶にのこる可能性が高い。
さらに、フィルム写真という「手に取れる思い出」と、野立て看板が「いつでもそこにあり続ける」性質がシンクロすれば、“日々の生活のなかでふと触れる懐かしさ”という独特の感情を刺激できる。通りがかるたびに「あ、ここにまた来たんだな」と思うように、人はその看板に潜在的な親しみを感じ、ひいては広告の主であるポラロイド社への好感度がじわじわと高まっていくかもしれない。
「人生の大切な瞬間」を切り取る――広告が伝えるストーリー
今回のキャンペーンでは、写真自体が“誰もが経験しそうな人生のワンシーン”でありながら、どこか特別な輝きを放っている。その理由は、フィルム写真が持つ「デジタルでは再現しにくい深い色味や光のにじみ」が、何でもない風景をドラマチックに演出するからだ。
例えば、「Finally got away from work.」というコピーが添えられた南国の休暇ショットは、普通にスマホカメラで撮った写真だったら、SNSに大量に流れている投稿と大差ないかもしれない。しかし、ポラロイドで撮られたからこそ、鮮やかな砂浜と少し色褪せたような空のコントラストが強調され、見る者に「自分もこんなバカンスに行きたい!」と思わせる力を与えている。
「家族が増えました」「お母さんと同じソロリティに入れた」という写真からは、人生の節目に立ち会うフィルム写真の尊さを感じとれるし、「有機化学の徹夜でもくじけなかった」写真に至っては、ちょっとした学業の達成感さえも思い出深い“歴史”としてポラロイドに焼き付けている。
キャンペーン名である「Make History」というフレーズが示すように、彼らはフィルム写真を通じて、「あなたの人生そのものが歴史的な意義を持っている」というメッセージを発しているのだ。大げさかもしれないが、その重みがポラロイドの温かいトーンによって和らぎ、「あなたも大切な瞬間を残しませんか?」という親しみやすい誘いへと変わっている。
ローカルビジネスでも応用できる“アナログ回帰”の戦略
「巨大な看板で全国的にキャンペーンを打てるなんて、ポラロイド社ほどの大企業だからでは?」と思うかもしれない。だが、アナログのもつ魅力を活かすという点は、小規模事業者や医院経営者にとっても大いに参考になるはずだ。
1. 物理的な質感を強調する
– デジタルよりも味わいのあるサービスや歴史的な背景、あるいは地元らしい情緒を推し出したい場合、看板は絶好の舞台だ。
– 例えば「創業○○年の技術」「古き良きレシピ」「温かみのある接客」など、アナログな強みがあるなら、大きく掲示してしまうのもアリ。
2. ターゲットのライフステージを想定する
– ポラロイドが家族や友人、バカンスなど、人生のハイライトをピックアップしたように、小規模ビジネスも「顧客がどんなシーンで自社を利用するのか」を思い描く。
– 結婚式場なら「一生の思い出をここで」、歯科医院なら「一生ものの歯を守りましょう」、カフェなら「ちょっと一息、あなたの物語の続きを」など、シーンを連想させるコピーを添えると印象的だ。
3. 短いコピーと一枚の写真で物語を紡ぐ
– 文字数を削ぎ落とし、パッと見た瞬間に「何か面白そう」「温かい」と感じさせるのが野立て看板の醍醐味。
– 難しい言葉を並べるより、ポラロイド的な“メモ書き”感覚のコピーで「この瞬間が大事」を表現すると、見る人の心に残る。
野立て看板こそ“アナログ×反復視認”でブランディングを高める
広告効果や集客効果を高めるために、デジタルツールを活用するのはもちろん有効だ。しかし、リアルな場に設置された野立て看板には、「いつでも・誰にでも・繰り返し視認される」という特別な優位性がある。
通勤路や生活動線に看板を置けば、地域の人々はそこを通るたびに少しずつそのメッセージを意識するようになる。特に、ポラロイド社のように印象的な写真や心に引っかかるコピーを添えておけば、「昨日も見たな」「また見たな」と認識が重なり、そのうちに「ちょっと調べてみようかな」と行動に移るかもしれない。小規模事業においても、看板への投資が長期間にわたって効果を発揮する可能性は非常に高いのだ。
写真が物語を語り、看板が街を温める
ポラロイド社の「Make History」キャンペーンは、デジタルど真ん中の時代に、あえてフィルム写真を大きく掲げて見せるという逆転の発想が光る。アナログ感あふれるポラロイド写真は、一瞬で人の心をつかみ、「私もこんな一枚を残したい」「人生の大切な瞬間を形にしたい」という思いを呼び起こす。さらに、それを大々的に見せるメディアとして野立て看板を選んだことで、街の風景に溶け込みながら多くの人の目と心を奪っている。
これは小さな地域ビジネスにこそ、参考にしてほしい事例だ。もちろん、大手のように大規模展開は難しいかもしれない。しかし、たった1〜2枚の看板でも、写真やコピー次第で「あなたのサービスを欲している人」の心を揺さぶることは充分に可能である。アナログの良さ、物理的な存在感、そしてデジタルでは味わえない“情緒”――それらを掛け合わせれば、限られた予算であってもローカルの街を彩る広告が作り出せるのだ。
結局、人が一番印象に残すのは、“ストーリー”である。ポラロイドの写真のように、見るだけで「誰かの物語」を感じさせる表現こそ、ブランディングにおいては強力な武器になるだろう。デジタルとアナログを上手に組み合わせ、特に看板のような身近な空間で人々と対峙する場を大切にすることで、「自社が届けたいメッセージ」を確実に届かせることができるはずだ。
もしあなたが、小規模事業や医院経営で「もっと地元の人に知ってほしい」と願っているなら、ポラロイドの事例をヒントに“アナログ回帰”を検討してみてはいかがだろうか。街の景色を少しだけ変え、人々が通り過ぎるたびに物語を届ける――そんな看板こそが、あなたのビジネスの新たな歴史を刻む一歩になるかもしれない。